昨日は、母の四十九日法要で東漸寺さんにお世話になりました。

コロナの影響で、ほかの家族もいなくひっそりとしていました。

お話を伺うと、大人数が集う法事もキャンセルになっているそうです。

そんな中、法要を執り行っていただき本当に感謝です。

母の方は、生前と一緒で取り越し苦労が抜けてなく、未だに心配性の性格を引きずったままでおります(苦笑)。

何かにつけ「心配、心配」と意識を送ってきます。

故人は、亡くなって日が浅く、慣れていないようでいろんな事が心配のようです。

亡くなったので、もっと楽になれば良いのに。

先代も先先代も、そのまた先代も、なぜか心配性の先祖ばかりで、心配の遺伝なのかと思うほど、何かにつけて心配の思いを伝えてきます。

基本、生前に怒り心配の喜怒哀楽が激しい方、あの世を信じていない人は、絶対に浄土に入れませんので、これから心とはどういうものかを1から教えないといけないわけです。

お念仏だけで浄土に行けたら自己責任が吹っ飛びます。

父も、心の正しさを説得するまで20年以上かかりましたし、先先代なんか頭が固くて大変でした。
「生前に心の法則を勉強してくれたらな」と思うのです。

道徳律程度のゆるさでは、浄土に入る事はきわめて難しい。

先祖全員、神人合一がまったくできてなく、せっかくお寺さんで法要しても先へ進めない、本当に勿体ないことです。

どんな境遇に遭っても心が揺れにくい、コロナが長期化してもあまり心配しない。
心配したところで解決できない。
私もそんな気持ちを維持できるよう自助努力してます。

カイロの治療哲学の原則は、心の正しい法則を学び実践するわけですが、学んで来て正解でした。